「できない」と言わず「できる」と言って挑戦し、人々の幸せに貢献するのがオムロン流

企業のビジョンやミッション

上司や取引先からとても大きな仕事や突拍子もないことを頼まれた時、自分は力不足だと感じ、思わず「できません」と言ってしまったこと、ありませんか? でもしっかり考えてみると必ず何らかの道が見えてくるものです。また、できないと言うよりも、できると言ってから考えた方が、周りのサポートも得やすくなるものです。

今日はそんな「できない」と言わないことが理念になっているオムロンの”心”の部分を見ていきたいと思います。


オムロンは健康機器メーカーではない?

オムロンという会社名を聞いて、血圧計や体温計をイメージする方も多いのではないでしょうか。実際電子血圧計においては世界シェア約5割という圧倒的な強さを誇っていますが、実際商品分野別の売上高構成比を見てみると、下記のようになっています。(2015年3月期・連結)

(出典:オムロン株式会社)
(出典:オムロン株式会社

血圧計や体温計などのヘルスケアビジネスが全体の12%というのは意外ですよね。

もともとはオムロンの前身である立石電機製作所が創業したのが1933年。創業者の立石一真氏が最初に開発した商品は「レントゲン写真撮影用タイマ」でした。その後技術革新を重ね、1967年には自動券売機と自動改札装置による無人駅システムを、1971年にはオンラインの現金自動支払機(CD)を世界で初めて実用化し、以後、自動化を図るシステムで電子信号機、自動食券販売機、電動義手、電子医療機器など、「今までなかったもの」を多く生み出してきました。

そんな立石電機が「オムロン株式会社」となったのは、1990年のこと。 オムロンと言う名前は、かつて本社のあった京都・御室(おむろ)の地に由来しているそう。


創業者の心と志を引き継ぐオムロン

経営コンサルタントの大前研一氏が「これまで300人以上の経営者と会ってきたが、こんな経営者はいない。松下幸之助や盛田昭夫に匹敵する経営者だった」と称するのが、オムロン創業者の立石氏。

1956年56歳の時に、「経営者の社会的責任とその実践」をテーマに研究を行い、「企業は利潤追求のためのみにあるのではない、社会に奉仕するために存在するのだ」という結論に至ると、これを「われわれの働きで、われわれの生活を向上し、よりよい社会をつくりましょう」という社訓としてまとめ、1959年5月10日の創業記念日に正式に制定しました。

立石氏は「難しいテーマに挑戦することこそ技術者の誇り」と言い続け、例えば国鉄(現JR)から自動券売機の開発について相談された時には、ありもしないのに「それなら立石にあるから見においで下さい」と返事をして、開発担当者に向かって「三日後には見に来るから、頼むで」と任せたというエピソードが。「そんな機械どこにありますんや!」と慌てる開発担当者たちは死にもの狂いで開発に取り組み、結局3日で作ってしまったというのだから驚きです。これが可能となったのは、社訓に込められた立石氏の確固たる信念が社員全員に届いていたからではないでしょうか。開発担当者たちもいくら無理を言われてもそれを喜んでやっていたと言います。なぜなら自分達の働きが実際に人々の生活を向上し、よりよい社会づくりに貢献しているという達成感があったから。

「“できません”というな。どうすればできるかを工夫してみろ」という立石氏の言葉は一見無茶ぶりにも思えますが、チャレンジする人を後押しする寛大な空気があったということ。できませんと言うのは簡単だけれど、あきらめずにどうすればできるかを考えることが社員と企業の成長につながる、その想いが「“できません”というな」という言葉に反映されていました。だからこそ若手のアイディアにもオープンで、「面白い、何とかやれ」とチャレンジを歓迎していたと言います。

チャレンジ精神を大切にし、やりたい仕事ができるのがオムロン。創業当時からのチャレンジ精神や個の意見を尊重する風土はオムロンの伝統として受け継がれ、社員一人ひとりが未来の社会や人々を豊かにする仕事に挑戦している様子。そこから生まれる社会的課題の解決や生活の向上への貢献により、企業価値が向上し、持続的成長へとつながるのではないでしょうか。

「人生における大きな喜びは、『君にはできない』と世間がいうことをやることだ」
"The greatest pleasure in life is doing what people say you cannot do."
ウォルター・バジョット(イギリス出身の経済学者/1826年-1877年)

参考
http://www.omron.co.jp/about/corporate/
http://toyokeizai.net/articles/-/2478